2017年6月10日土曜日

第1回サイファイ・フォーラムFPSS、盛会のうちに終わる



今日の午後、日仏会館で第1回サイファイ・フォーラムFPSS(フィプシー)の会合を開いた
この会は科学者の側から科学を哲学し、科学を文化にしようとするものである
今回はこのフォーラムをどのように進めていくのかについて議論することが目的であった
実際には科学者の他に哲学者やサイエンスコミュニケーションの専門家などが参加された
東京、関東だけではなく、北海道、東北、関西からの参加があり、感謝の念に堪えない

会は自己紹介の後、呼び掛け人がこの会の趣旨について説明、それから自由討議に入った
趣旨はこちらにその大枠が掲げられているので参照願いたい
議論の詳細は近いうちに専用サイトに掲載予定だが、次の大きなテーマが確認された

まず、自然を探究する場合、科学に依存するアプローチが独占しているように見える
この点について、哲学・美学的アプローチも正当なものとして認めることを確認した
前者を「プロメテウス的態度」、後者を「オルフェウス的態度」と言う人もいる
これらの一方だけに依存するのではなく、二つの態度を同程度に尊重するということである

その上で、科学の存在意義、本質をどのように捉えるのか?
そこから、科学の進むべき道をどのように考えるのか?
それが現在行われている科学の姿とどれだけ乖離しているのか?
そして、これらの問いを基に新たな哲学を生み出すことはできないか?
その可能性を探索することである

この世界に存在する「もの・こと」は人間の幸福に資さなければならず、科学も例外ではない
人間が生きる意味の中に、幸福の追求が挙げられる
したがって、科学が目指すべき道として、人間の幸福に寄与することが挙げられる
しかし、その対象は人間を超えたすべての生物にまで広げる必要があるとの指摘があった
さらに言えば、すべての生物を取り巻く環境も含めた安寧・調和を忘れてはならないだろう
最終的な枠組みとして、このような見方を持っておくことの重要性が確認された

具体的には、当分の間、賛同者の方が各人の活動の中で感じていることを発表することにした
上のポイントを意識しながら、それぞれの発表について議論することになるだろう
また、欠席された方から有用なサジェスチョンをいただいた
それは、リアルな会に参加できない方々のためにバーチャルな場を作ってはどうかというものだ
例えば、Facebookなどに議論できる場を設け、常時意見交換ができるようにすること
これがリアルな会と相補的に機能するようになると、活動がより効果的になると想定される

次回は10月の土曜日(14日、21日、28日のどれか)の開催を予定している
詳細が決まるまでには時間がかかりそうだが、はっきりし次第公表したい

今後の活動にご理解、ご協力いただければ幸いである


会のまとめ




dimanche 11 juin 2017

一夜明け、一つの重要なことに気付いた

昨日の会で、同じ研究所にいても言葉を交わしたことがなかった、との言葉をいただいた
その状態がよい訳ではないが、研究をしていると、このようなことは稀ではない
専門家とは専門の中に閉じ籠り、その外での議論にあまり意味を見出さないことが多いからだ
しかし、10年以上の時を経て、言葉を交わすことになる
それは、専門を超えた知である哲学を介してであったのだ
つまり、哲学には人間を結びつける重要な機能があることが見えてくる
これが有用な機能でなくで何であろうか

ただ、それを可能にするためには、哲学あるいは哲学者が変容する必要があることも見えてくる
現在の大学における哲学は、ある分野の専門家になることを人に強要している
しかし、それは科学者のような一般の専門家を作ることと何ら変わりがないのではないか
そうではなく、哲学者はその状態から抜け出さなければならないだろう
哲学が本来持っている専門を超えた側面を身に付け、それを生きる必要があるのではないか
これは専門性を排除するものでないことは言うまでもない 
それが成されなければ、上で挙げた重要な機能も果たせないことになるだろう
「人を結び付ける存在としての哲学者」の待望である

科学の問題が明らかになると同時に、哲学の課題も見えたように感じた朝である






0 件のコメント:

コメントを投稿